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【ヘルニア闘病記その3】ついに入院、手術、術後退院まで

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結論から言うと二度と味わいたくない経験だった。今後同じく椎間板摘出術をやろうと思っている人の参考になればという思いだけど、なかなか壮絶な体験だった。手術を躊躇するような情報ばかりになるけど、それでももし症状が改善しない、増悪傾向にある人は手術を検討しても良いと思う。でも、手術を考えている人はぜひともこのブログの最後まで見てください。そして見終わってから自分にとって最適な手段を見つけてください。

決して焦ってはいけません。あちきのように試験、仕事、家族と色々な環境状況に追い詰められて正常な判断を失わないように、それだけは気をつけてください。

・初めての入院

・椎間板摘出術

・手術後の経過

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・初めて入院

4/6日10時からついに入院になりました。

なにせ人生で初めての入院だ。ドキドキしながら、不安と好奇心が混在した久々の感覚は人生を生きているという実在感を伴い多少興奮していた。それでも入院の不安や恐怖心と手術に対する、全身麻酔に対する恐怖や不安が強かった。

様々な手続きを経て入院病棟に案内される。大きな病院だったので12階というちょっとしたタワマンのような気分を味わえる景色が窓から見えた。

しかし残念ながら部屋は窓側ではなく通路側、カーテンで仕切られた部屋は殺風景に何もなかった。今となってはこのコロナ禍、他の住人と挨拶なんてしないほうが良いし、あちき自身もする気はない。じっと押し黙って淡々と入院生活の準備をした。

何人も看護師や様々な理由で様々な人が入ってくる。血圧何回も測られた。相部屋である終始いろいろな人が出入りして病室はバタバタ、隣の人はずっと嗚咽し続けているし、斜め前の人は激痛に叫んでいる。仕切られているのがカーテンだけなのでもちろん会話が筒抜けだった。

今の病状は徐々に右足の痛みは強くなっていた。それでも日常生活はギリギリ遅れるレベル。

でも労務を提供するには程遠い体調だった。

それでも手術の心配や不安よりパソコンやネット鑑賞ができるのかが心配、というどこか他人事な気分が半分だった。

看護師が来て、手術で最初の人がコロナ感染の疑いなので最後に回されるので繰り上がってあちきが2番手になった。翌日の昼あと予定だったのが昼前からのオペになった。熱発の人は最後に回されたようだ。

そんな中でも「傷病手当金の書き方を問い合わせるか」と微妙にのほほんとした気分でいた。

昼食が到着初めての病院食となった。座れないので立って食事をする。思ったより美味しかった。内容は流石にバランスを考慮した栄養食って感じだったけど、噂よりはしっかりとした味付けで問題なく平らげた。

でも夜からは絶食、飲み物も飲めない状態となった。下剤も飲んで完全に体内に消化物を残さないようにする。その日は案外ゆっくりと睡眠できた。

翌朝、右足ズキズキ。手術が始まる。つーか尿管カテーテルが嫌だなあ、と。のんきに考えていた。



・椎間板摘出術

ここまで手術のデメリットを記述してこなかったけど、結構リスクが有る。神経の損傷の可能性、骨髄液の損傷の可能性、出血による血腫、エコノミー症候群による血栓と悪性発熱等命に関わるリスクが存在する。それを理解した上でも今の状態では7月の試験に重大な影響が発生するという懸念がありこの時期に手術を強行することとなった。後遺症も怖かったしね。

特にエコノミー症候群は手術後2日間の寝たきり生活に起因するもので危険性が高く、予防策としてキツめのストッキングを履くことで予防するが、自身で足を動かして予防する必要もあった。

いよいよ時間が来た、手術室まで足を引きずりつつ向かう。流れ作業で一気に手術室まで、ベッドに寝て点滴の管を挿入される。麻酔医師に自己紹介され、少し気持ち悪くなるかもしれません、と言われてぼんやりと薬剤を挿入されつつ待つ。3分ほど何事もなく天井を見つめていた。おや? と思って、視界が歪み、気づいたら夢の中。

かすかな夢の残滓とともに名前を呼ばれた気がして覚醒した。

しかし、完全には覚醒していない半覚醒状態。ぼんやりとした感覚が続き気づけば病室のいつもの場所。天井を眺める、いろいろな人が出入りしている。いろいろと言われる。足を少し動かすように言われ動かした気もする。すべてがぼんやりとしていた。

そしてそこから30分ぐらい経ったころだろうか、感覚が戻ってきてまず最初に思ったこと。

「痛い!!!!!!!!」

腰から下の下半身に様々な今まで味わったことのない種類の苦痛が襲いかかる。点滴、心電図、背中からドレーン、酸素マスク、そして恐ろしき尿管カテーテルが挿入されていた。

特に恐れていた尿道カテーテルの違和感と痛みがかなりのものだった。

背中のドレーンもかなりの違和感だけどやはり尿管カテーテルがやばかった。ちょっと動くだけで痛いのなんの。実際の痛みとしてはそこまで凄まじいものではないが、じんわりとした痛みが途切れずずっと継続するというのはかなりの苦痛になり何度も意識が飛びそうになる。麻酔の効果もあるのだろう意識が朦朧とする。そして意識を失いかけるとともに訪れる激痛。その正体は

勃起でした。

お恥ずかしい話、男としてどうしようもない生理現象。特に生命の危機を感じている現状致し方無しに勃起しようとする。その都度激痛が襲いかかるしなかなか収まってくれない。その事を女性看護師に伝えるのは男のプライドと羞恥心が邪魔してとてもできない。この葛藤は一晩中続いた。

更に足を動かさないとエコノミー症候群の危険性が増すが頑張って動かすとどうしても尿道カテーテルを刺激する。そのたびに激痛が走る。

そして夜中極限の痛みと疲労の中で意識を失いかけるそのときに、その現象が起こるわけです。眠ろうとするそのときに尿管に激痛が走って叩き起こされる。それを一晩に何度も繰り返すのだ。これを地獄と言わずなんというだろう。

そしてもう一つの地獄として、寝返り禁止があった。なぜかというと、手術による出血をドレーンという管を通して外に出すのだが、これが外れるまで2日間かかる。その間背中の腰付近に刺さっている。このドレーンが外れると非常にややこしいことになるという警告を受けていた。

寝返りの際に腰を捻るとそのドレーンが外れてしまうそうだ。でも想像できると思いますが、まる二日同じ姿勢で夜も昼もなく寝続けるというのはなかなかの苦痛です。暇とかではなく、純粋に背中の圧力がきつい。寝たきり老人が床ずれするのがよく分かる。そんな緩慢で鈍い痛みとカテーテルの痛み、足の運動時の痛みに加わり麻酔のせいなのか鈍く頭が重く、痛い。

どうしても我慢できずにナースコールでお願いして看護師の補助で寝返りを打つ。ドレーンが抜けないように確認しながら、慎重に寝返りを打った。でも横を向いている方が接地面が少なくすぐ痛くなるので、またナースコールで看護師を呼ぶ事になった。看護師の苦労を考えたら徐々に心苦しくもなった。

そんな様々な苦痛に悩まされて一睡もできずに夜を越す。

朝食、寝ながらの食事なんて一ミリも食欲がわかないし、もし大便がしたくなったら、この状態での移動がどうなるかわからない。なのでなるべく食事は取らないほうが良いと判断して二口ぐらいであとは残した。



・手術後の経過

次々と投与されれる抗生剤と点滴を眺めながら2日めを過ごしていた。

夕方になり、あちきは運良く1日半でドレーンが取ることができた。出血が少なかったみたいだ。そのついでにカテーテルも抜くこととなった。しかし、このカテーテル抜去も中々の瞬間でもう二度と味わいたくない痛みと不快感を伴った。2本管が抜けただけでも天国になったと感じるほどベッドの上で動くことができるようになった。

でもまだ少し苦痛の時間がつづくのだった。

カテーテル抜去時言われたのだが、血尿と、排尿時の痛みがあるということだった。まあ、排尿時の痛み自体人生で今までなかったわけではないので、問題ないだろう。なんて考えていたが、レベルが違った。あまりの痛みに排尿ができない、それでもやらないわけには行かない、壮絶な苦痛と不快感が伴い、叫びながら排尿した。これほどきついとは思わなかった。

でもそれも1日後にはゆっくりと痛みがとれてきてゆっくりと徐々に健康な生活を取り戻してきた。あとは傷口の引きつりとコルセットの締付けだけが非日常を生み出す原因となっている。

隣の人は3時間に一度は嘔吐して、斜め前の人は激痛をいつも訴えて、阿鼻叫喚のような病室だったが、それも時間経過と共に徐々になくなっていった。それなりに皆回復していったみたいだ。

1週間の入院、手術を行い壮絶な体験をした、が入院手術経験のある人なんてごまんといるし今も病気で入院生活を送っていたり、闘病中の方もたくさんいる。中には不治の病で進行していく病気と死への恐怖に立ち向かっている人たちもたくさんいる。あちきはまだましだ、そして闘病中の人たちに思いを寄せることができただけでも非常に人生経験としてよかったと思う。

正直今回の体験は二度としたいと思わないほどしんどく、痛かった。しかし、現代人にとって入院手術を避けて通れる人のほうが稀だろうし、あちきも多分今後何度となく病院のお世話になるときがくるのだろう。

その際は再びこれと同等、もしくはそれ以上の苦痛を味わうことになるだろう。それをなるべく味合わないようにするためにできるだけ健康について憂慮しながら生活しようと誓った。

んで、終わり、、、、、、、なんて締めたかった

残念、無念、慙愧の念に耐えないが、どうしようもない現実があちきに待っていた。

その4へ続く

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